2023年7月2日日曜日

溶ける思考、眠る思考





8月4日から志摩市で個展がスタートします。
志摩市絵かきの町・大王美術ギャラリー企画展
石山哲央展「 溶ける思考、眠る思考」
2023年8月 4 日(金)ー 9 月 25 日(月)
午前9時ー午後5時(最終入館は午後4時30分)
休館日 : 火・水(祝日の場合は開館)/ 入場:無料
※荒天時などの状況により、臨時休館になる場合があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三重県志摩市在住の美術家・石山哲央(いしやま あきお)の志摩市では初となる個展。少年期の野焼き作品や、焼き物を学び始めてから現在までの 13 年ほどの様々な作品群 、そして、初公開となる制作中の映像作品《トキヲツムグモノタチ》など幅広く展示します。
《トキヲツムグモノタチ》では、自分にしか読めない独自の文字を刻んだ焼き物作品を国内外の他者へと託す様子と、託された協力者が地中に埋めるまでの過程を写します。
本展では、石山哲央が、焼き物の面白さと観念的・感性的に対峙する軌跡を辿ります。







2023年6月20日火曜日

20230620


個展のための制作をしています。地元(志摩)での個展ですが、観念的、感覚的に焼き物を思考し、対峙する構成で、過去最高の内容となると思います。
数日前にMeltシリーズの焼成を行いました。間違いなく過去最高の造形バランスと確信する個体が、その焼成で大崩壊しました。
過去のMeltシリーズや、その前進となる作品群から予測し、新作に挑んだものの危険な方向へと振りすぎました。
結果的に熱電対や内壁、電熱線に作品がへばりつき、電気窯にもダメージが・・・・。
2ヶ月ほどネチネチと作り続けていた個体であったため、ショックが大きく、これは数ヶ月立ち直れないと最初は思いました。
しかし、じっくり眺めていると、これはこれでありだと思えてきたりします。
前に陶芸の提案というグループ展のテキストで「焼成という過程を経た作品に対して、自らの美意識が拒否か承認をするまでにはタイムラグがあります。」と書きました。言い切ってしまっている感じはバカ丸出しの文章だと思います。ただ、その文章に記した事と近い事を今回、強く感じました。
すべてのリアクション:
かのう たかお、Tomori Hiraiwa、他18人

2022年4月10日日曜日

Instagram




https://www.instagram.com/akioishi8ma/reels/

Melt(220315)


Melt(220315)
2022

After all this time, I can finally understand the appeal of Peter Voulkos' molding videos. Perhaps it is the interaction of instantaneous judgments, in a way that can hardly be described in technical terms, resulting in a story-like performance, that I find so intriguing.
Even though it is not a new approach or idea, I believe I have a unique way of touching the materials and a sense of balance for extracting mysterious forms and expressions.
What I consider the most important is not the technique or the set of techniques, but the "sensibility" needed to build a complicit relationship between the materials and the difficult-to-control space and time.







2021年3月15日月曜日

《咳をする男:20××》



Facebookをチェックすると、5年前の投稿が出てきたので、過去作と、その展示について書いてみます。

2016年の個展「KURU KURU J」にて、発表した《咳をする男:20××》。今のコロナ禍とは別の意味でマスクを用いていました。

テーマが過激なため、詳細についての記述は避けますが、「20××年、ある男が、とある国の誰もが知っている、とある原稿を読む」という設定のフィクションです。

男は原稿を読みながら、何度も咳をしてしまいます。男は咳をした箇所を読み直すことなく、そして、一切、謝罪もせず、先へと読み進み、また、咳き込んでしまいます。結果として、咳は放送禁止用語を隠すための自主規制音(ピー音)のような働きをします。聴者は話の全ては理解出来ないものの、聞き取った文体の断片から、「あの時と同じようなことが再び起こった」ということを推測してしまうという仕掛けです。

個展「KURU KURU J」では、他にも高松次郎の作品《複合体》への疑問を形にした、椅子を転がしただけの作品など、複数、挑発的な内容のものを展示しました。

「KURU KURU」には、くるくるパー的なものとか、輪廻的なニュアンスを含んでおり、「J」にも複数の意味を込めました。

今思うと、インスタレーションや、個々の完成度について改善点はありますが、内容的には、気に入っています。

展示は、お金がなさ過ぎてギャラリーに泊まり込みでした(笑)。






2021年2月23日火曜日

夏のこと


昨年八月の初旬、造園・建築系の現場で炎天下の作業を終え、帰宅した直後、自宅の庭で重度の熱中症により、倒れました。この時に救急車を呼ばなかったことが今の自分に少なからず影響しています。

それは、二日間にわたる、初めての生コン作業に関わってのことでした。初日も体が痺れるような症状がありながら、強い日差しの下で作業をしていました。ニ日目の現場では既に午前中からバテていたのですが、夕方に帰宅し、庭で倒れると全身が痺れ、口が曲がる顔面麻痺と呂律が回らない症状が現れました。一人では立ち上がることが出来ず、全身が殆ど動かなかったため、言葉にならないような奇声を発し、助けを求めました。獣の鳴き声だと思った家族が扉を開け、直ぐに異変に気付いて、氷で首や脇などを冷やしてくれたことで、何とか助かりました。(自分では途中からあまり覚えていません。)


数時間後には、はっきりと喋れるようになったものの、体の痺れや、頭に靄がかかったような症状が、その後も続きました。


コロナ禍で病院に行くことをためらい、倒れた当日に救急車を呼びませんでした。三日後、病院を受診したら、お医者さんにめちゃめちゃ怒られ、呆れられました(笑)。


本来、そういった症状がある場合、命や後遺症に関わる可能性があるため、倒れてから二時間以内に迷わず、救急車を呼び、病院で処置を受けるべきだったと仰っていました。


診断によると、重度の熱中症による「脳梗塞」とのことでした。


その数日後、総合病院の脳神経外科が休診だったため、内科を受診。そこであらゆる精密検査をしました。血液検査ではヘモグロビン値の上昇など、脱水症状による多血症であることが明らかになりましたが、MRIでは大きな血栓は見られませんでした。総合病院の受診後に行った治療院の鍼治療などで、一時期、症状は改善しました。


ただ、半年以上経った今でも握力は半分くらいしかなく、手足には痺れや若干の痛みがあるなど、いくつかの症状があります。走り出そうとしたり、立ち上がろうとする時に、脳の指令が伝わるのが少し遅れるというか、体が重く感じるというか、若干のタイムラグがあったりします。


結局、体調や負荷を考え、造園系の見習いのお仕事は辞めさせていただきましたが、とても刺激的な現場ではありました。お世話になった方々にとても感謝しております。


元々、東健次さんの《虹の泉》が少し気になっていたこともあり、美術の領域に近接する、あるいは拡張するような技能を学べる仕事を探しておりました。


ただ、ほんの少しだけやってみて、そもそも肉体を酷使する現場仕事は、自分の美術とはあまりにスケールが違い、向いていないとも感じました。まだまだ、これからが本番という時に辞めた事は残念ではありますが、いつか、少しでも、美術のヒントになればと思っております。


日常生活に大きな支障はないものの、土を少し練ったりするだけで結構、疲れます。


とりあえず、やりたいことと向き合える「今」があることに感謝しています。




2020年7月8日水曜日

最初に空を美しいと思ったのは誰か?


美術の起源を考察する時、例えば、美学なのか、プラトンとかなのか、あるいは、ホモサピエンス以前の人類が持っていた、道具ではないモノへの執着(貝殻ビーズなど)まで戻るのか、チンプンカンプンです。
しかし、そういった文脈的考察は、現存する物質や文体を根拠とし、発見されなかったモノや思考は除外するしかない危うさがあると思っています。
自分は、やっぱり馬鹿なようで、難しい事を考えるより、「この地球で最初に空を美しいと思ったのは一体どこの誰だ?」みたいな、誰もが証明困難な事を想起するのが好きだったりします。