2015年4月14日火曜日

ちっぽけな主体








                                        

4月12日、第18回岡本太郎現代芸術賞展が終了しました。

お越し下さった皆様、搬入・搬出や会期中に大変お世話になった学芸員さんやスタッフの皆様に心より感謝申し上げます。

出展作家さんの中には個人的に少し接点のある方々もいました。楢木野淑子さんは大学の先輩で今回初めてお話することが出来ました。菊谷達史さんと四井雄大さんは兄の大学時代からのお知り合いで、今回初めてお会いしました。敏子賞を受賞された久松知子さんとは、三重の美術予備校の基礎科時代からの知り合いです。私は受験の年、途中でその予備校を辞め、名古屋の河合塾美術研究所に行ったのですが、浪人時に再会、そして今回再び再会しました。また、どこかでお会い出来ると勝手に予想しています(笑)。

素敵な作家さん達との出会いにも感謝致します。多種多様な表現がぶつかり合う会場にて、作品を展示させていただいたことをとても光栄に思います。

今回(18回)より始まった企画、手紙プロジェクトにて温かいメッセージの数々をいただきました。自らの作品に対する真偽はいつだって、他者による言葉が起点となっております。

前回のブログ(http://akio-ishiyama.blogspot.jp/2015/03/blog-post.html)にて「なぜ、今、作品を残すのか?」という問いに対して、「今じゃなきゃつくれない(死んでからでは作れない)」といった味も蓋もない解答をさせていただきました。「なぜ、今、作品を残すのか?」といった問いは、「未来に作品の真偽がジャッジされる仕掛けを作っている」ということを明言したオルガノンシリーズ(http://www.akio-ishiyama.net/#!-works3/c16x2)だからこそ発せられた問いに過ぎないのではないかという仮説を導きました。恐らく、自分以外のほとんどの作家も、未来に向けて、今、作品を作り続けているはずであり、自分がモノを作る要因は、全く特殊なことでないと認識することにもなりました。








                                       

「主体は客体にはなれない」ということを考えると、「客観的視点とは、所詮は主体に帰属するものでしかない。客観的と主観的という言葉はおそらく同義である。」という当たり前過ぎる事実を前に、いつもいつも凹み続けております。

一創作者が、自分を超えたモノを作るには、「チームを組織し、他者の手を借りるという物理的な方法論を用いる」か「人の意見を聞く」という二択しかないのではないといつも考えています。当然、資金や組織力がない多くの人は後者の一択しか出来ないのでしょうが・・・。もちろん、現在、「誰が知っとるねん!!」という超ドマイナー作家の私は後者の一択しかできません(笑)

肯定、否定、今後も皆様の様々な意見を参考に作り続けさせていただきます。



(写真撮影:松原豊)



















































2015年3月4日水曜日

幽霊になる前に全ての芸術家がこの世界でしなければならないこと



3月1日のギャラリートーク、無事終了しました。

少し、話のテンポが早かったかもしれないと反省しております。

独自の文字を刻んだ作品シリーズ、オルガノン(http://www.akio-ishiyama.net/#!-works3/c16x2)についての質問のほとんどが、「作品にはどういったことが書かれているのか?」あるいは、「なぜ、今、作品を残すのか?」といったことに集約されます。

「なぜ、今、作品を残すのか?」という質問をいただく度に、ぽかんとしてしまいます。それは、おそらくナンセンスな質問だからです(笑)。

作品に刻み記した内容についてはコンセプト上、お答えすることはできませんが、今、自分が作品を作る理由は明解すぎるほど明解です。

簡単に言うと今しか作れないからです(笑)。幽霊になってからでは、多分、作れませんし・・

芸術作品としての真価が問われるのは自らの死後、それがどういった価値を創造しているかに尽きると考えています。自らの意志や意図が未来に影響を与えるためには、生きている時代に作品そのものの中に独自の構造を作らなければなりません。

自分にしか読めない文字を作品に刻み記すということは、生きている時代において自らの言論の自由を獲得する一つの手段でもあります。

例えば、作品の中に文字として「自由」と書いたとしても、それは単なる祈りや願望、あるいは不自由な現実に対する嘆きなどであり、構造として作品そのものが自由を獲得することにはならないはずです。

つまり、自らの作品が自由を獲得するためには、他者に犯されることのない独自の構造を作品そのものの中に組み込まなければならないということです。

その独自の構造というのが、オルガノンの作品シリーズの場合、独自の文法を持った、自分にしか読めない文字を刻み記すということです。

作品にはどんなことが書かれているのかという謎の部分に注目する方が多いのですが、オルガノンシリーズの場合、謎を創造することそのものが今から未来に向けた、価値の創造になります。まぁ、くだらない価値の創造かもしれませんがww


身も蓋もない話ですが、幽霊になる前に全ての芸術家がこの世界でしなければならないことは、今、作品を作ることです。















会期:2015年2月3日(火)~2015年4月12日(日)

料金:一般600(480)円/高大学生・65歳以上400(320)円/ 中学生以下 無料 
    ※本料金で常設展もご覧いただけます
    ※( )内は20名以上の団体料
 
休館日:月曜日、2月12日(木)
 
主催:川崎市岡本太郎美術館、公益財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団

詳細はhttp://www.taromuseum.jp/exhibition/current.htmlをご覧ください。





2015年2月4日水曜日

The 18th Exhibition of The Taro Okamoto Award for Contemporary Art






ISHIYAMA Akio |JIKU YUGI
I created characters that only I can read and understand. At first, I just needed them to record my thoughts not to deepen my communications with others. However, I gradually came to think it would be interesting if my original characters were read and shared by others at some future time. I was thinking it would be boring if they were able to read and understood immediately when I hit upon a great scheme. I decided to bury the series of works in many places of the world to confuse people of the future.


















































The 18th Exhibition of The Taro Okamoto Award for Contemporary Art

Taro Okamoto Museum of Art, Kawasaki(KANAGAWA)http://www.taromuseum.jp/english/informaiton/information.html

2015.2.3 - 4.12